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#006 復興に欠かせない歴史継承 岡村勝行

岡村勝行氏……公益財団法人大阪市博物館協会大阪文化財研究所難波宮調査事務所長
平成25年4月1日から平成26年3月31日まで福島県文化振興財団遺跡調査部に出向し、主に一般国道115 号相馬福島道路の霊山道路部分(伊達市・相馬市所在)の遺跡の本調査を担当した。

 東日本大震災からまもなく4年になるが、被災地はいまだ傷跡癒えず、復興の途上にある。岩手、宮城、福島各県の沿岸部には多くの遺跡があり、住宅、道路、鉄道の建設やそのための土取り工事に際して発掘調査が行われ、地域の歴史を塗り替える発見を重ねている。

 私は昨年3月末までの1年間、福島県文化振興財団に出向し、県内の復興調査の支援にあたった。派遣を志願した背景には、阪神淡路大震災の体験がある。1995年3月1日、被災地の仲間を支援しようと設立されたボランティア組織に加わり、広報担当として被災地の文化財の現状や課題を全国に発信する役目を担った。以来、図らずも「震災と考古学」に深く関わることとなった。

東日本大震災の被災地での発掘調査は、
作業員として参加した地域住民に対し
出土遺物について説明しながら進められた。

(福島県相馬市の東羽黒平遺跡で
2013年7月17日、筆者撮影)

 街の復興と遺跡の調査。両者は対立的に捉えられやすい。こんな時に遺跡調査? だが地域の真の復興には土地に刻まれた歴史、先人が残した文化遺産の継承を欠くことができない。人はパンのみに生きるにあらず。ジレンマを乗り越えるには、復興を遅らせないよう発掘調査を迅速化するしかない。当時、文化庁の働きかけで兵庫県に全国40都府県・市から3年間で延べ121人の専門家が派遣された。東日本大震災では、その経験・教訓を生かし、さらに多くが復興調査に当たっている。私とともに福島県の支援に派遣された15人の中には遠く沖縄の職員もいた。

 私自身は高速道路の建設に伴う二つの発掘調査に携わった。伊達市の標高400㍍を越える山間の遺跡では、東北を象徴するたたら製鉄に関わる木炭窯群(16~17世紀)を調査した。相馬市では約4,000年前の縄文集落を調査した。大阪では見られない装飾豊かな縄文土器や土偶、石刀が多く出土し、日本列島には昔から多様な文化があり、現在の文化や言葉の違いに繋がっていることを再認識した。

 福島の生活では、ともに調査に携わる同僚だけでなく、さまざまな人に出会い、多くを学んだ。全町避難で町民が散り散りになっても、町のアイデンティティーを失わないよう、救出した文化財の展示に励む学芸員。防災に役立てようと遺跡に残された津波痕跡を調べる研究者たち。福島の文化財、考古学の今は人ごとではない、と原発立国フランスから視察に来た考古学者。財団の職員、発掘調査の作業員の中にも原発事故で避難を余儀なくされた人がいて、当時の状況や今の生活について、よく話を伺った。大阪から来て調査するようなものが地元にあるのかと驚く地域住民も少なくなかった。

 同じく被災地であっても、岩手、宮城両県とは異なり、見えない放射能汚染が復興を遅らせる。喪失感、将来への不安。世界史上まれな厳しい事態を前に人類の知恵が試されている。遠い昔から連綿と続く、個性豊かな地域の歴史とともに、災害と復興の歴史を明らかにし、提示すること。二つの震災に関わり、震災大国で活動する考古学者に課せられた役割と使命を考えた一年であった。

【筆者プロフィール】岡村勝行(おかむら・かつゆき)

 1961年大阪市生まれ。大阪大学文学部卒業。
専門は考古学、その現代社会との関わり。
世界考古学会議(WAC)東方アジア代表委員も務める。
共著に『入門パブリック・アーケオロジー』、
『古墳時代の考古学10 古墳と現代社会』など。

本稿は、2015.1.15付け毎日新聞(関西版)に掲載された『阪神大震災20年と考古学(上)』の内容を岡村氏のご厚意により寄稿していただいたものです。

        
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