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 トップページ > 遺跡調査部のご紹介(リレー・ブログ) > #090 ラスコーと相馬 (2017.1.19)

 
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#090 ラスコーと相馬 モノノフ

 先日、上野の国立科学博物で開催されている「ラスコー展」に行ってきました。
 某ドラマでもロケで使用されていましたね~。
 このラスコーの壁画は約2万年前にクロマニョン人が描いたとされ、ヨーロッパではこの時期を「マドレーヌ文化期」と呼んでいます。壁画のレプリカ展示のほか、クロマニョン人の使った道具や、同時期に生息した動物、比較資料として日本列島の旧石器時代の石器も展示されていました。さらに、洞窟の研究史までと、幅広い内容でした。

レプリカですが、迫力があります。

 

天井の壁画を撮影している状況

 約2万年前といえば、後期旧石器時代の後半期。ざっくり言うと今年に調査した大谷上ノ原遺跡(http://www.culture.fks.ed.jp/iseki/A03/H28/04.html)の旧石器もラスコーと同じ後期旧石器時代後半期だったりします。大谷上ノ原遺跡では石器しか出土していませんが、やはり2万年前以上に作られたモノが、長い時を経て自分の目の前にあると考えると、感慨深いものがあります。彼らが懸命に生きていた証拠である石器を介して、彼らに「私はここにいましたよ」と語りかけられているかのような錯覚になります。
 ラスコーは後半期でも終末の方なので、大谷上ノ原遺跡の方が少し古いみたいですね。残念ながら、日本列島ではラスコーのような抽象的思考を示す痕跡がほぼ見つかっていませんが、ラスコーのような例と比較して考えてみると、想像が豊かになりそうです。大谷上ノ原遺跡を残した旧石器人も壁画っぽいの描いてないかなぁ。

 ちなみに今回の展示ではありませんが、スペインのエルカスティーヨ洞窟ではラスコーよりさらに古い後期旧石器時代前半期に遡る「手形」が見つかっています。ネアンデルタール人が残したとの説もあります。左はエルカスティーヨ洞窟のもので、洞窟に手を押し当てて、顔料を吹きつける手法(ネガティブ・ハンド)で手形を残しています。グレートムタの毒霧のように吹きつけたのでしょうか。 右は現代の手形で、手に塗料を付けて色紙に押し付ける手法(ポジティブ・ハンド)です。

ネガティブ・ハンドとポジティブ・ハンド

 さてさて、ラスコー展の話をしていたら隣のU松さんから情報提供がありました。
 なんと、相馬市にもラスコーの壁画があるそうです。

ほんとだ~。

ラスコーの壁画だ~。

 場所はU松さんの大好きなモチ豚とんかつ定食が置いてある鳥久さん。なぜここにラスコーの壁画が。もしや、大谷上ノ原の旧石器人がこの壁画を。
 と、まぁ、そんなことはあるはずもないのですが、ラスコーの壁画自体は狩猟の豊穣を願って描かれたとする説もあるので、食肉店としての繁盛を祈って飾ったものかもしれません。
 いずれにせよ「志向性」が存在しているのでしょう。エトムント・フッサールによれば、「志向性」とは、「意識は常に何者かについての意識であること」を表すのである。

 鳥久さんで先史の芸術を鑑賞しながらの食事もいいかもしれませんが、ラーメンは置いていません。

 


 そうですか、ラーメンは置いていない・・残念です(笑)

 2万年前と言えば最終氷期の真っただ中で、日本列島は本州・四国・九州が地続きで、北海道は樺太と繋がって大陸の一部だった頃。

 マンモスが宗谷陸橋を渡って来て、43万年前に渡来していたナウマンゾウなどとの混合相になっていて、時の人類は彼らを追って狩猟生活を送っていました。

 そんな時代に、ラスコー洞窟に描かれた壁画。顔料に天然の酸化鉄である黄土などを用いて色鮮やかに、そして遠近法も導入されていたのですから、まさにアートと言っていいでしょう。

 しかし、ラーメンはまだ無い・・どうせタイムスリップするならラーメンの原料が揃う時代がいいかなぁ。そうすればふっふっふ・・。 ←(どうすんだよ!)

 (管理人:葉羽)


        
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