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 トップページ > 遺跡調査部のご紹介(リレー・ブログ) > #014 ガラス玉余話 (2014.9.11)

 
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#014 ガラス玉余話  福田

 当遺跡調査部のホームページ上の研究コラムにおいて、「鋳型からみたガラス小玉の製作方法について」を寄稿したおりに、書ききれなかった話をしようと思う。

 今から約15年以上前になるであろうか、福島県矢吹町弘法山古墳群において、横穴墓の発掘調査を担当し、約600点におよぶガラス小玉が出土した。

 当時の調査担当者の間では、ガラス小玉の観察から、その製作方法が話題にあがり、福島県内だけでなく、全国各地のガラス玉を見に行こうということになった。今回は、その中で特に印象に残るガラス玉の一つを紹介してみたい。

 奈良県の藤ノ木古墳といえば、発掘調査当時は連日新聞の一面を賑わすほど報道がなされ、考古学ファンの方々はもちろんのこと、ご存知の方も多いことと思う。現在、その出土遺物は国宝に指定されている。

 その出土遺物のなかにはガラス製品が1万点以上と豊富にあり、髪飾りなどの装飾品に用いられた色とりどりのガラス小玉、馬具や大刀など金銅製品の飾りの一部に用いられたガラスなどがある。

 ここでは、足首の装飾品として足玉と称されるガラス玉を紹介する。

 藤ノ木古墳出土の足玉は、被葬者の両足首にそれぞれ9個ずつ連ねた装飾品で、現代のアンクレットといってもいいであろう。

 現在の研究成果では、足玉を身に着けた被葬者は非常に身分の高い人物(皇族や大貴族)で、男性であるとする分析研究が見られる。 

 足玉の特徴的な点としては、大きさが直径2~3㎝と非常に大きなガラス玉で、その色は、濃い紺色であることである。筆者は当時、足玉の製作方法は、現在のバーナーワークによるとんぼ玉の製作と同様に、ガラスを溶かしながら鉄芯に巻き付けて作られているものと予測し、藤ノ木古墳の出土品を収蔵する橿原考古学研究所に赴くこととなった。

 足玉を見てまず驚いたことが、その大きさはもちろんであるが、割れて出土した足玉の破断面から覗く、緑色のガラスであった。足玉の外表面は濃い紺色のガラスで覆われているが、内部は緑色のガラスで作られていることであった。さらに緑色のガラスは1㎝ほどの塊状になっていた。

 この点から、ガラスを溶かしながら鉄芯巻き付けて作られたものではないことが伺えられた。足玉の製作方法は離型剤を塗布した鉄芯に核となるガラスを巻き付け、そこに加熱して溶け始めた緑色のガラス片を複数個くっつけながら大きくし、最後に紺色のガラスを巻き付けて作られているのであろうとする仮説を立てた。 

二本松市にあるTS屋で売っている

「玉 羊 羹」

 それはさておき、橿原考古学研究所において、担当者にお茶と菓子を頂いた際、出された菓子を一見して「二本松の名物によく似た玉羊羹だなぁ、奈良県でも同じよう玉羊羹があるものだなぁ」と思い、爪楊枝を探しながら、しばしお茶を飲みつつ研究所の担当者と話していた。

 しかし、玉羊羹と思っていたものをよく見ると、箱の中にきれいに並べられた藤ノ木古墳の足玉であることに気づき大変驚いたことが、資料見学の一番の思い出となった。

 ちなみに、橿原考古学研究所に福島土産として持って行ったのが、福島の名物である「麦せんべい」であり、研究所の職員さんをはじめ、奈良県在住の方々には、「あの有名なせんべい」に似ており怪訝な顔をして食べていたことは言うまでもない。

 土産物ひとつで研究所の方々と大笑いをした楽しい資料見学であった。

 相馬市にて中秋の名月を仰ぎ編む

 

 

 次回リレー・ブログは「K氏」が9月中旬にアップ予定!(管理人:葉羽)

        
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