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 トップページ > 調査研究コラム > #068 あどけない「砥石」のはなし (2018.05.30)

 
 このコーナーでは、職員が行った調査研究の成果について掲載しています。

#068 あどけない「砥石」の話 吉田 秀享

1 はじめに
 長い間、遺跡の発掘調査に携わっていると報告書作成時点では「あれ、これなんだろう?ちょっと気になるな~。でも今は時間がなくて検討できないな」といった資料があります。今回はこのちょっと気になる資料について紹介します。

2 松ケ作A遺跡
 今から18年ほど前、うつくしま未来博が福島県須賀川市を中心に開催されました。会場に向かう道路の拡幅に伴い発掘調査が平成11・12年度に行われました。調査した遺跡は8遺跡で、このうち松ケ作A遺跡では、弥生時代の集落跡が確認されました(写真1)。
 この遺跡は、調査面積300㎡と狭小でしたが、弥生時代の土器捨て場が南北20m、東西18mほど の範囲で確認されました(図1網点範囲)。そして、この範囲からは弥生土器片が12,000点弱、石器が1,400点ほど出土しました。弥生土器の時期は弥生時代の開始期であり、報告書では弥生時代前期と判断しました(註1)。

写真1
松ヶ作A遺跡全景(註1より転載)
(クリックで拡大)


図1
松ヶ作A遺跡遺物包含層と出土時点数
(註1より転載)

3 気になる石器
 この中で1点の石器が気になりました。それが図2と写真2です。形状は長方形で、長さ15㎝のデイサイト製の砥石です。中央部分の厚みが最大で、両端に向かい細くなっていきますので、その縦断面形は凸レンズ状をなします。

写真2
松ヶ作A遺跡出土石器(註1より転載)


図2
出土砥石の図(註1より転載)

 この石器が気になったのは次の点からです。

 ①普通の砥石の縦断面形は、当初は直方体であるが、使用により中央が窪み、両端が厚い凹レンズをなすのに、なぜ、この資料はこの逆の凸レンズ状であるのか?

②砥石は金属の刃物を研ぐのに使用するので、金属使用がまだ確認されていない東北地方南部(福島県)で確認できたのはどのような理由からなのか?

③砥石でないとしたら、何の道具なのか?
 このような疑問がわき出しましたが、砥石かどうかもわからず、解決できないまま時間だけが過ぎ去りました。
 また、類似資料も寡聞にして認めることができませんでした。ところが…


4 類 例
 今年の2月、公務で奈良県明日香地方に視察に参りました。その際、飛鳥資料館で展示を見ていたところ、大きな砥石が目に飛び込んできました。それが写真3です。写真は上下で逆方向から撮影したものを並べています。
 大きさは40㎝ほどとかなり大きな資料で、そのキャプションには砥石と書かれ、この砥石の縦断面形が凸レンズ状でした。松ケ作A遺跡の資料と断面形が類似した資料にようやく会うことができました。
 この大きな砥石の出土場所は、日本最初の本格的寺院、飛鳥寺の塔心礎(中心の礎石)からです。塔の埋葬物の一つが断面凸レンズの砥石でした。その出土状況を図録から引用した写真4に示します。写真の右下の資料が砥石です。中央の四角の穴が心礎です。写真の上方に見えるのは、古墳時代の甲冑です。

                   写真3 飛鳥寺の砥石


写真4
飛鳥寺の塔の心礎写真
(註2の写真)

5 まとめ
 この飛鳥寺の砥石と松ケ作A遺跡の砥石を同列に扱うことはできません。時代や地域が全く異なっているからです。したがって、似て非なるものと思いますが、どこかになんらかの共通点があり、その形態が類似していたのではないかとも思っています。また、なぜ心礎に砥石を埋納するのか、砥石の意味はなんなのか、さらに、断面形が凸レンズ状の砥石は普通の砥石と同様のものとして考えていいものなのか?等々、あらたな問題が出現してきました。
 このような諸問題に対し、微力ながら今後も気に留めて、いつの日か解決したいと思っています。 “ほんとの「砥石」の機能が見たいと思う。あどけない「砥石」のはなしである”。

参考引用文献
註1 吉田秀享 2001 「県道古殿須賀川線(うつくしま未来博関連)遺跡発掘調査報告」福島県文化財調査報告書第384集
註2 奈良文化財研究所飛鳥資料館 2014 「飛鳥資料館案内」第9版

 

        
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