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 トップページ > 調査研究コラム > #035 福島県内の古墳における儀礼の一様相 (2015.8.28)

 
 このコーナーでは、職員が行った調査研究の成果について掲載しています。

#035 福島県内の古墳における儀礼の一様相 鶴見 諒平

 古墳時代の土器の中には、小型で、土器の表面に粘土紐の積み上げの痕跡を残していたり、底部に木葉痕が残る土器があります。それらの土器は手捏ね土器と呼ばれ、祭祀に用いられた土器と考えられています。土器集積などの祭祀遺構からまとまって出土することが多い土器ですが、古墳から出土することもあります。

図1 手捏ね土器の例

 福島県の古墳では、玉川村江平遺跡2・6~11・13・14・16・28号墳、矢吹町上宮崎B遺跡2・4~11・13号墳、浅川町蓑輪坂ノ前古墳群などで、周溝から手捏ね土器が出土しています。手捏ね土器だけではなく、ほかの土師器とともに儀礼に使われたものと考えられます。

図2 江平遺跡8号墳

 これらの古墳は竪穴系埋葬施設をもち、5世紀後半から6世紀前半ころの時期に築造された、いわゆる「初期群集墳」と呼称される古墳です。このような手捏ね土器が出土することは、福島県内の初期群集墳の特徴の一つと考えられます。

 一方で、福島県の初期群集墳では周辺地域ではみられる要素が欠落しているもののあります。関東地方では初期群集墳の段階で、それまで大型古墳中心だったものが、中小古墳でも埴輪を採用するようになってきます。しかし、現在までのところ、福島県内では初期群集墳中の中小古墳では埴輪はもつものは確認できず、それも特徴の一つといえます。

 6世紀代になると、横穴式石室を採用する古墳が増え、中小古墳においても横穴式石室が導入されるようになりますが、福島県では6世紀代に属する群集墳はこれまであまり確認されていません。横穴式石室を採用している古墳の多くは7世紀以降の古墳と考えらます。  

 福島市浜井場1号墳は6世紀中頃と考えられる横穴式石室をもつ前方後円墳です。この古墳の周溝からも手捏ね土器が出土しています。

図3 浜井場1号墳

 他には須賀川市早稲田古墳群の1~3号墳なども、横穴式石室を持ち、周溝から手捏ね土器が出土しています。

図4 早稲田2号墳

 横穴式石室をもつ古墳では、近畿地方を中心として、石室内に須恵器や土師器などを供献する儀礼がおこなわれたことが確認されていますが、福島県の古墳ではほとんど確認されていません。また、関東地方を中心として6世紀代の群集墳では埴輪をもつ古墳が多いですが、福島県の6世紀の古墳で埴輪を用いるのは前方後円墳や比較的規模の大きな円墳に限られています。

 中小古墳に限ってみると、周辺地域に比べ石室内への土器供献や埴輪などの儀礼的な要素がほとんどの古墳で導入されません。以前からある要素が消えずに継続していて、墓制の特徴が変わっても、古墳に伴う遺物から推定される儀礼的な行為にはほとんど変化が見て取れません。古墳の調査事例が少ないためはっきりとはしませんが、横穴式石室を採用する段階になっても、手捏ね土器を使った儀礼を継続していた古墳が他にもあるかもしれません。

 以上のように、福島県の中小古墳では周辺地域でみられる儀礼に関わる要素がほとんど導入されていない状況があり、階層差や在地の伝統の強さなどの理由があると考えられます。儀礼的な行為だけではなく、墓制に伴うもの全般について周辺地域の状況と対比することで、福島県の古墳時代の特徴がより明確になっていくと考えています。

【参考文献】

福島県教育員会・財団法人福島県文化センター1982『母畑地区遺跡発掘調査報告』Ⅸ
福島県教育委員会・財団法人福島県文化振興事業団・福島県土木部2002『福島空港・あぶくま南道路遺跡発掘調査報告』12
福島市教育委員会・財団法人福島市振興公社・株式会社白石ショッピングセンター2003『浜井場古墳群』


 

 

        
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