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 トップページ > 調査研究コラム > #031 平田村空釜B遺跡の類石棒 (2015.4.21)

 
 このコーナーでは、職員が行った調査研究の成果について掲載しています。

#031 平田村空釜B遺跡の類石棒 山元 出

 私が以前,あぶくま高原道路建設関連の発掘調査を担当した際に,縄文時代早期の遺構から,いわゆる石棒状の石製品が出土しました。石棒とは,縄文時代中期以降に多く見られ,儀式や祭礼に用いたと考えられている遺物です。
 私は疑問に思いながらも,発掘調査報告書の完成に追われ,出土した事実を報告するにとどまりました。
 先日,同僚と話をしていた際に,「あれ,一番古い石棒じゃないですか」と言われ,少々調べてみることにしました。

 今回取り上げる石棒は,石川郡平田村の空釜B遺跡の1号性格不明遺構から出土しました。空釜B遺跡は,阿武隈高地の丘陵裾部に位置する南東向き緩斜面に立地する遺跡で,調査範囲は1,600㎡と小規模の調査でした。

 出土した石棒は,緑泥片岩製の長さ10㎝ほどの扁平な棒状礫を素材としています。棒状礫の一端は剥離しており,剥離した先端をノミ状に研磨した後に,刻み線を一周させて頭部を表現しています。この剥離は素材となった礫に対して斜めに割れているため,ねじれた格好となっています。(図1)

図1 空釜B遺跡出土 類石棒

 さて,私はこの遺物を出土状況から縄文時代早期後葉のものとして報告していますが,その根拠とした状況を説明します。

 遺跡には谷地形が2カ所入り込んでおり,調査においては,この谷沿いに縄文時代早期後葉~前期最初頭の竪穴住居跡がつくられ,この時期の遺物を含む土(遺物包含層)が谷に堆積しているのが確認できました。石棒の出土した1号特殊遺構は,このうち北側の谷に堆積した1号遺物包含層の下位にありました。

 1号遺物包含層は,上からⅡ・Ⅲ・Ⅳ層とした3層に分けられました。Ⅱ層は,縄文時代前期の終わり頃に噴火した金山町の沼沢湖から噴出した軽石片を含む黒色土層で,縄文時代前期より新しい時期の土器が出土しています。その下のⅢ層は黒褐色土層で,縄文時代早期の終わり頃から前期の始まり頃の土器が主に出土しました。Ⅳ層は暗褐色土層で,縄文時代早期後葉の土器が出土しました。

 1号特殊遺構は,この1号遺物包含層の下位にある黄色味のある,いわゆる「地山」土が二次的に堆積した範囲で,石棒はこの土層から出土しています。この二次堆積土の上面からは,住居跡で使用したであろう早期後葉のほぼ完形の土器が数点出土しており,早期後葉の時期には,竪穴住居を掘った土やゴミなどを谷に投げ捨てていたものと考えています。

 ところで,考古学上における年代決定は,地質学の「地層累重の法則」と「標準化石」の概念が応用され,そこに「型式学的研究」を加えて行います。つまり,地層は重力に従って下から上に堆積が進むことから,下にあるものほど古く,そこから出土した土器に型式学的分類を加えて前後関係を明らかにし,年代の手掛かりとなる「標準化石」の代わりとする方法です。

 これを,空釜B遺跡の1号包含層の堆積状況に当てはめると,下層に行くほど出土する土器が古くなるという法則どおりの状況ですので,後世になって地層が乱れるような事象が起きていないと考えられます。すなわち,1号特殊遺構および1号遺物包含層は縄文時代早期から前期の間に堆積した地層であり,これより新しい時期に作られた石棒が混入したという可能性は低いと考えられるわけです。


 これまでの研究では,頭部に線を巡らせた小型の石棒が,時期の確かなところでは,前期後半から出現することが指摘されています。こうした石棒は,中期以降の石棒と比較して小型で,頭部の形態も異なることから,中期以降のものと区別して「類石棒」とも呼称されるようです(松田2004)。

 このうち,秋田県,岩手県,群馬県で出土した中に,細棒状の礫に線を一周させただけのものが見られ(図2),空釜B遺跡の石棒の表現と一致します。ただ,これらの石棒は断面円形の棒状礫を素材としており,断面扁平な細棒状の空釜B遺跡とは素材の形状に差異があります。

図2 前期の類石棒

  時期や分布に大きな隔たりがあることや,遺物の形態自体にも差異があることから,表現方法が似ているだけの「他人の空似」の可能性がないともいえません。したがって,この石棒が前期の一群と同じ意図を持って作られた同一系統の遺物かどうかは,今のところ何とも言えない状況です。が,今後も全国各所で発掘調査が実施されていく中で,今回紹介したような事例が増加していくことにより明らかになっていくものと思います。

≪参考文献≫

福島県文化振興事業団2009『福島空港・あぶくま南道路遺跡発掘調査報告20 空釜B遺跡』福島県文化財調査報告書第464集

松田光太郎2004「縄文時代前期の小型石棒に関する一考察」『古代』第116号

 

 

        
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