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 トップページ > 調査研究コラム > #016 会津若松市西木流C遺跡出土の古墳時代遺物の紹介 (2014.11.5)

 
 このコーナーでは、職員が行った調査研究の成果について掲載しています。

#016 会津若松市西木流C遺跡出土の古墳時代遺物の紹介  鶴見 諒平

 会津若松市西木流(にしきながし)C遺跡は会津盆地のほぼ中央、会津若松市と湯川村の境界付近に位置する遺跡です。

 2012・2013年度に調査が行われ、大きな流路の跡から平安時代を中心とした土器・木製品が多く出土しています。近隣には会津郡衙と推定されている郡山遺跡や、弥生時代の方形周溝墓が確認された湯川村桜町遺跡などの遺跡があります。

 出土した木製品は律令祭祀に使われる斎串や、出土例の少ないコロバシ、土器では多くの墨書土器や、 「梓 今来」と刻書された須恵器などがあります。

 西木流C遺跡の流路跡から出土した遺物は以上のような平安時代のものが中心ですが、古墳時代の遺物が数点出土しています。
 その中に一点面白い遺物が含まれています。

図1 西木流C遺跡出土の小型器代

 これは小型器台と考えられるものです。

 胎土分析などをしていないので正確には言えませんが、陶質土器と考えられます。陶質土器とは、古墳時代中頃に朝鮮半島南部から当時の日本(倭)へ伝えられた還元炎焼成で作られた土器のことです。

 倭風の陶質土器を須恵器と呼ぶ人もいます。陶質土器ではなく須恵器であっても、小型器台は会津地方ではこれまで確認されていなかった遺物です。

 器高は残っているだけで6.2cm、口径は9.8cmに復元できます。線で三角形の文様を刻んでいるのが特徴です。

図2 長崎県恵比寿山遺跡出土の小型器台

 図2は形が完全にわかる実測図で、長崎県恵比須山遺跡から出土したものです。

 西木流C遺跡出土のものとは違い、三角形の穴が開いています。古墳時代中期、5世紀中ほどのものと考えられます。西木流C遺跡出土の小型器台も古墳時代中期のものと考えられますが、5世紀の前半のものか後半のものかはまだ検討しなくてはいけません。


 これまで日本で見つかっている小型器台は、西日本で出土したものがほとんどです。福島県では同じ形をしたものは西木流C遺跡以外では見つかっていません。

 陶質土器と考えられるものは郡山市北山田2号墳や西郷村三森遺跡出土ものなど数点が確認されています。西木流C遺跡出土の小型器台も数少ない陶質土器の例なのかもしれません。

 会津地方は、古墳時代前期では三角縁神獣鏡が見つかった会津大塚山古墳など、多くの前期古墳が集中する地域です。しかし、中期以降は目立った古墳や集落はあまり確認できませんが、西木流C遺跡出土の小型器台もともとはどこかの集落か古墳にあったものが流れてきたものと考えられます。

 西木流C遺跡の流路跡はおおよそ南から北に流れていると考えられますので、西木流C遺跡の南側にもともと小型器台を持っていた古墳時代中期の集落か古墳が存在していた可能性があります。

 今後、古墳時代中期の遺跡が調査されることがあれば、陶質土器や古い須恵器が見つかることもあるかもしれません。

参考文献
藤谷 誠・鶴見諒平2014「西木流C遺跡(1次)」『会津縦貫北道路遺跡発掘調査報告13』福島県教育委員会
坂田邦洋・永留史彦1974『恵比須遺跡発掘調査報告』峰町教育委員会


 

        
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