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 トップページ > 調査研究コラム > #010 矢吹町上宮崎15号墳出土鉄刀の再評価 (2014.8.12)

 
 このコーナーでは、職員が行った調査研究の成果について掲載しています。

#010 矢吹町上宮崎15号墳出土鉄刀の再評価「折り曲げ鉄器」の一事例として 吉田 功

○ はじめに
 中島村の四穂田(よほだ)古墳から東北地方では初めてとなる鉄製短甲が出土し、話題となったのは記憶に新しいところです。

 四穂田古墳は、阿武隈川西岸の低位段丘上に立地し、墳形や規模、埋葬施設等の詳細はまだ明らかになっていませんが、副葬品から推定される築造時期は、古墳時代の中期中葉、5世紀前葉とされています。

 四穂田古墳の副葬品といえば、短甲に関心が集まる傾向がありますが、その他にも、鉄刀、鉄鏃、鉇(やりがんな)、鉄斧といった鉄製武器や工具が出土しています。
 
 なかでも、3振出土している鉄刀(大刀)は、いずれも茎(なかご)の部分を欠損した姿で出土しており、副葬される以前に切断された可能性が指摘されています。さらに、そのうち1振は、刀身部分が「く」の字状に折れ曲がった状態で出土しています(図1)。

 これについては、副葬された後、土圧等の影響で変形した可能性も否定されてはいませんが、屈曲が1ヶ所であることから、副葬時に曲げられていた可能性が高いとされています(菊地他2014)。

(図1)中島村四穂田古墳出土大刀

 古墳に副葬された鉄製武器や工具等のなかに、人為的に折り曲げられたとみられる例があることは、以前から知られており、総じて「折り曲げ鉄器」とも呼ばれてきました。

○ 「折り曲げ鉄器」について
 弥生時代の墳墓や古墳から出土した鉄製武器や工具等のなかで、意図的に折り曲げられたり破壊されたとされる事例は、九州地方北部から中国・四国地方を中心に、以前から集成・検討が加えられてきました。近年では東日本での類例も集成が試みられています(菊地2008)。

 これらの論考によれば、「折り曲げ鉄器」の例は弥生時代後期から古墳時代前期を中心にみられるが、特に古墳時代前期に数多くの事例がみられ、中期以降も僅かに残ることが指摘されています。事例の集成では、九州中部から北関東地域まで広く分布することが把握されており、鉄器の種類としては、時期的、地域的な差異はあるものの、鉄剣・鉄刀といった鉄製武器のほか鉄製工具では鉇を中心に出土することが知られています。
 
 また、「折り曲げ鉄器」の呼称の由来となった、鉄器が折り曲げられた事例以外に、その一部が折り取られたものがあることを指摘する論考もあり、東日本での事例を集成した菊地芳朗氏は、後者を「破断鉄器」、両者を合わせて「被破壊鉄器」と総称しています。

 鉄器を折り曲げ、あるいは折り取って副葬する行為そのものの意味については、①実用品を故意に壊して実用の道具でなくすることにあるとする見方、②中国の道教の影響から、鏡に代わる器物として副葬したとする見解、③事故死や疫病といった異常死と関係する葬送行為とする見方等が提唱されています。

 いずれにしても、四穂田古墳出土の大刀は、人為的に壊された、あるいは折り曲げられた刀を古墳に埋納するという葬送行為が東北地方南部でも行なわれたこと、そしてその行為が古墳時代中期中葉まで存在したことを示すものと考えられます。

矢吹町上宮崎15号墳出土の大刀
 四穂田古墳から北に約7㎞、阿武隈川からは西に約3.5㎞ほど離れた場所に矢吹町上宮崎古墳群が所在します。阿武隈高原道路の建設に先立ち、平成9年に調査が行なわれました。

 上宮崎古墳群は矢吹原台地の開墾により墳丘がほとんど残っていなかったため、当初、上宮崎B遺跡として登録されていましたが、調査の結果18基の古墳を確認し、5世紀後半から6世紀前半にかけて築造された初期群集墳であることが明らかとなりました。

 墳丘が失われた古墳がほとんどのため、埋葬主体も明らかではありませんが、主体部が確認された15号墳から、副葬品として埋納された1振の鉄刀(大刀)が出土しています。

 上宮崎15号墳は、周溝を含めた直径が14.5mを測る円墳で、出土した土器等から5世紀末葉の築造とされ、上宮崎古墳群のなかでは初期の段階に造られたと考えられています(写真1)。

(写真1)

上宮崎15号墳

 

(写真2)

大刀出土状況

  出土した鉄刀は、刃部長83,3 cm 、元幅3.7 cm、茎部長19.7 cmを測る大刀で、刀身の茎に近い部分で「く」の字状に折れ曲がった状態で出土しており、「折り曲げ鉄器」の形状的特徴を備えています(図2)。

 やはり、埋納後に土圧等の二次的な要因により屈折した可能性も否定はできませんが、刃部は比較的遺存状態も良く、「その曲がり方が1点に力のかかる原因にもとづくと判断される」(菊地2008)ことから、副葬以前に意図的に折り曲げられた可能性が高いといえます。

(図2)矢吹町上宮崎15号墳出土大刀

 上宮崎15号墳出土の大刀が、これまでに集成・検討されてきた「折り曲げ鉄器」と同様に意図的に曲げられたものとすれば、管見ながら、古墳の出土例として最も新しい時期の事例となるものと思われます。

 「折り曲げ鉄器」を副葬する葬送行為は、東日本では古墳時代前期に受容されたとものと考えられていますが、中島村四穂田古墳に近接する矢吹町上宮崎15号墳での出土例は、東北南部地域においては、中期後半、初期群集墳の段階まで同様の葬送行為が行なわれたことをうかがわせるものです。

○ 今後の課題について
 「折り曲げ鉄器」の事例の認定にあたって、副葬された鉄器が折れ曲がった理由について、埋納以前の意図的な行為によるものか、埋納後の錆等の劣化に伴い土圧による影響を受けての損傷なのかを区別するのは容易ではありませんが、今後とも検証方法を探っていかなければなりません。また、上宮崎15古墳出土の大刀を含め、これまで破損品、欠損品とされてきた鉄器についても、再検討の余地があるものも含まれているかも知れません。

 「折り曲げ鉄器」とほぼ同じ時期、弥生時代の墳墓や前期古墳からは、底部や体部に穿孔された土器が出土します。また、古墳の埋葬主体や墳丘或いは周溝から意図的に破砕された土器が出土する例は数多く知られています。このような葬送行為に使われた土器は、祭祀具として本来の用途と異なる「仮器化」されたものと考えられており、破砕して廃棄する行為は、祭祀を終えるにあたってのお祓い的な行為として捉えられています。
土器を使った葬送行為に比べれば事例の少ない、壊された鉄器を埋納する葬送行為が、どのような意味をもつのか、当時の人々の精神的概念を追求するのは考古学では苦手な分野ですが、今後とも遺物やその出土状況の詳細な観察から補っていかなければなりません。

【参考引用文献】
・菊地芳朗 2008 「成塚向山1号墳出土鉄製品からみた東日本の前期古墳」『成塚向山古墳群』(財)群馬県埋蔵文化財調査事業団
・菊地芳朗他 2014 『四穂田古墳出土遺物調査報告書』中島村文化財調査報告書第7集 中島村教育委員会
・古瀬裕子他 2004 『道上第2・3・5古墳,門前2号遺跡』財団法人広島県教育事業団発掘調査報告書第6集(財)広島県教育事業団
・吉田功他 1998 「上宮崎B遺跡」『福島空港・あぶくま南道路遺跡発掘調査報告1』 福島県文化財調査報告書第352集 福島県教育委員会



【吉田 功 2014. 8.12掲載】
(※本稿は、このコーナーに掲載するために書き下ろしたものです。)

 

        
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