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【日照田遺跡

遺跡名:日照田(ひでりだ)遺跡

場 所伊達郡桑折町大字松原字日照田

調査原因:一般国道115号相馬福島道路の建設

調査期間:平成29年4月~9月(調査終了)

時 代:縄文・古代

【遺跡の概要】
 日照田遺跡はJR東北本線伊達駅の北側、江戸時代に開削された西根上堰と下堰の間の低位段丘に立地する遺跡です。平成28年度に本発掘調査を行った川原田(かわはらだ)遺跡から西に300mの位置にあります。また、本年度に調査を行う舘ノ前(たてのまえ)遺跡は、東北自動車道を挟んで西側に立地しています。


 (4)8月24日のようす

  日照田遺跡の調査が終了しました。調査の結果、縄文時代の土坑9基、平安時代の溝跡1条、土坑3基、性格不
 明遺構3基、流路跡1条、中世の掘立柱建物跡1棟、小穴50基、時期不明の土坑1基が確認されました。
  遺物は、縄文土器・石器・土師器・須恵器・羽口・木製品・陶器等が見つかりました。
  縄文時代の土坑は、いずれも狩猟の際に用いた落し穴と考えられます。底面には逆茂木を刺したとみられる穴が
 見つかっています。
  平安時代の性格不明遺構には、折り重なった土器が出土したものもありました。また、流路跡からは多数の土器
 が見つかっていて、特に土師器の杯が多く出土しました。今回の調査では平安時代の掘立柱建物跡や竪穴住居跡は
 見つかりませんでしたが、付近に平安時代の集落跡がある可能性が考えられます。 中世の掘立柱建物跡には、柱
 材が腐らずに残っているものがありました。

縄文時代の落し穴 性格不明遺構から土器が出土した状況
流路跡から出土した土師器 中世の掘立柱建物跡
残存していた柱材  

 

 

(3)6月27日のようす

 日照田遺跡の調査を再開しました。現在は表土掘削が終わり、遺構の調査を始めています。今のところ、縄文時代の落し穴と推定される土坑のほか、平安時代の土師器や須恵器などが出土しています。

                 →大型の落し穴

 

 落し穴は、平面規模が長さ1.5m、幅1m程の大型のものと、長さ1m、幅0.4m程の小型のものがあります。平面規模に応じて穴が深くなるようで、大型のものは1m以上の深さがあります。また、小型のものは2基の落し穴が並行して掘られています。

 

                 →小型の落し穴

 

 

(2)4月27日のようす

 溝跡の調査が終了しました。堆積していた土の中からは、平安時代頃の土師器や須恵器が出土したため、その頃につくられた溝跡と考えています。

 

 

(1)4月21日のようす

 日照田遺跡の調査を開始しました。溝跡らしき輪郭が写真の中央部に認められますが、これから本格的な検出作業を始めるところです。

 

 

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